FC2ブログ

ほげろぐ。

Welcome to my blog

Archive2019年08月 1/4

荻野目洋子『ラズベリーの風』1986

イギリスの歌手アンジー・ゴールドのカバー「ダンシング・ヒーロー」で大ブレイク、30万枚を超える売上を記録して全日本歌謡音楽祭や日本有線大賞で賞をとったり翌年末の紅白でもこの曲で初出場を果たしたり、一躍A級アイドルへと駆け上がりました。本作はこれまでの歌謡曲からロックテイストのポップス路線に変更し、一世を風靡したその勢いがそのまま反映されたアルバム。作家陣もNOBODY、大沢誉志幸さん、久保田利伸さん、杉真...

  •  -
  •  -

雅夢『風花』1981

年間シングルチャートベスト10に入るほどのヒットを記録したデビュー曲「愛はかげろう」の後の「悲しくて」が16万枚ヒット、その後は売上も奮わなくなりましたが、貴重な新進叙情派フォークとしてまだしばらく地道に活動していきます。このセカンドは作りとしては、楽曲数に対して編曲者が多めで基本的には三浦さんが曲を書き、数曲中川さんの作品や岩間雅彦さんの作品、と前作と似たような感じ。ただ、三浦さんが「前作よりバラエ...

  •  -
  •  -

高橋由美子『Paradise』1992

No image

前作収録の「元気!元気!元気!」から本作収録の「コートダジュールで逢いましょう」「アチチッチ」と四作連続シングルで秋元康さんを起用し、すっかり秋元ファミリーな時期ですがこの頃まではアニメ・ゲーセン関連のタイアップが多くB級アイドル的だったよう。アルバムの作りとしては前作に近くビクターアイドル歌謡路線で筒美・穂口両氏も続投、ただし二人が手掛けた曲の数は減り、代わりに後藤次利さん、見岳章さん、伊藤薫さん、...

  •  -
  •  -

水谷豊『Indigo Blue』1981

白スーツで水浸しinプールな洒脱ジャケが素晴らしいLA録音の四枚目。全曲松本隆作詞&石川鷹彦編曲、作曲には井上陽水さんをはじめ山梨鐐平さん、芳野藤丸さんが参加、アーバンなリゾートAORに挑戦したアルバム。内容は狙い通りやはりお洒落。まず松本隆さんの歌詞は、寺尾聰さんの「ルビーの指環」に通じる都会の男のダンディズムに若干気弱さプラスで設定しており流石ですし、楽曲もメロウリゾートな「マリーナ・デル・レイ」、ボ...

  •  -
  •  -

沢田知可子『In Your Eyes』1988

OLをしながらライヴハウス活動をしている中スカウトされ、デビューにつながったそう。24歳と当時としては遅めのデビュー、バラード中心で歌声もしっとりと大人びています。デビュー曲は一応タイアップもついていたようですが、このファーストは全9曲中8曲が結果シングルに(4枚目のシングルまでほぼこのアルバムに網羅)なっており、しかもジャケも3回使い回されています。後にバラードでメガヒットを出したわけですが、この時点でも...

  •  -
  •  -

原田知世『Tears of Joy』1990

ドラマ『あなたの番です』も佳境に入ってきました。前作『Schmatz』リリースから約三年後にリリースされたフォーライフ移籍初アルバム。歌手活動自体二年ほど休止しており、その間は「私をスキーに連れてって」「彼女が水着にきがえたら」等いわゆるトレンディ映画に出演する等、女優業に専念されていました。この1990年からは歌手活動を再開、女優業と並行しながら、より本人の意向を反映させた音楽活動を行うようになります。こ...

  •  -
  •  -

伊藤咲子『私のカレンダー』1974

「ひまわり娘」でスタートダッシュを決めた後、曲のお洒落さの割にジャケがダサ過ぎて(?)セールス上失敗した「夢みる頃」を挟み、続く「木枯らしの二人」が約27.8万枚の大ヒット、75年オリコン年間チャートでも36位を記録、自身最高売上を記録しました。本作はデビュー年年末リリース、デビュー年にして阿久悠全作詞&(2曲除き)三木たかし作編曲によるコンセプト・アルバムで、最初と最後にプロローグとエピローグを挟み、1月~12月...

  •  -
  •  -

あおい輝彦『恋人たちの海』1972

ちょうどファーストアルバムをリリースした頃までは木下忠司さんの曲を中心に歌っていたため木下恵介アワーのための歌手活動という雰囲気でしたが、シングル「夜霧のかなたへ」で阿久悠×都倉俊一と売れ線歌謡作家を起用し歌手としてのスタンスがちょっと変わります。本作は2nd、4th~6thシングルのAB面と「別れの朝」等の洋楽カバーの他、アルバムオリジナルを二曲収録。船上で撮影されたジャケなので加山雄三さん的なものを想像し...

  •  -
  •  -

中原理恵『TOUCH ME』1978

「札幌のススキノのショットバーに良い女がいる」という噂を聞きつけ、CBSソニーの白川隆三ディレクター(他に天地真理さん、太田裕美さんを担当)が直々に出向いて歌も聴かずスカウトしデビュー。これだけでも特殊ですが、当時の歌謡系歌手としては相当珍しくシングルより先にアルバムを発売、つまりアルバムデビュー(ただしRIE名義で企画盤にてプレデビューはしていました)でした。デビュー前は長かった髪もリーゼントにしビジュア...

  •  -
  •  -

上田知華+KARYOBIN『上田知華+KARYOBIN[3]』1980

ファースト、セカンドは樋口康雄プロデュースでクロスオーヴァー寄りでしたが、ここからは上田さんのポップセンスによる部分が大きくなりューミュージック寄りになった感じ。本作に収録されたシングル「パープル・モンスーン」はCMソングに起用されスマッシュヒット、その他アイドルの倉田まり子さんがカバーした「さよならレイニー・ステーション」を含むアルバム。樋口康雄色が抜けて大半がが上田さん自身の作曲となり、アレンジ...

  •  -
  •  -